推理や判断を経ないで、直接に対象の意味・価値などを感じ知ること。(広辞苑より引用)
最近になって、できるだけ論理的に物事を判断しようとしていても、当たり外れがかなり多いと感じる。考えれば考えるほど、頭の回路がねじれて巻きそうになってしまう。
多くの場合、直感に従っていれば今より良い選択をして、より良い結果をもたらしたかもしれない、と思うこともある。時間も戻らないし、あることを選択すると、たいていの場合は片方を切り落とすことになることも多い。
まあ、人生というものはそんなもんですよね。選択の連続で、どの場面でどれくらいの割合で論理に頼ればいいのか、どんな場面で直感に従うべきなのか。
現代社会における情報の氾濫の中を泳ぎながら、情報をふるいにかけて、信頼性のあるソースをさまざまな視点で瞬時に分析し、決断につながる次の行動をする。
直感ほど恐ろしい感覚は存在しないかもしれないですね。意識的に根拠や推理がなくても、無意識に脳や体が反応を起こすような現象とも感じます。
まるで、別の知らない自分が思考や身体を操作しているような感覚、と感じます。
理屈がなくても、この道を選ぶべきなのか。あるいは、採用の場合はこの人を採用するべきか、不採用にするべきなのか。
簡単な例として、僕は極度の方向音痴で、ナビがないとほとんど移動できないと言っても過言ではないです。めったにないですが、ナビを使わず直感に逆らうと、たいていの場合は苦い思いをしてしまいます。極端に狭い路地に入ったり、行き止まりでバックして後退せざるを得なくなったりする、というような経験はたくさんあります。
現職では、さまざまな人と接する機会が多くて、とくに面接のとき、どう良い人を見分けて取引先の企業に、できるだけ勤勉で問題を起こさない人を選定するか、というのも一つの仕事です。
その中には、たしかに明らかに怪しい人がいる一方で、すごく良い人に見えて、後から思いがけない行動や問題を起こす人もたくさん見てきました。
直感なのかはわかりませんが、人によっては少し問題を起こしそうな人を採用して、経過を確認すると、勤勉で真面目に仕事をしていて、場合によっては高評価されることもあります。
ますます、日々の出来事の中で、どれくらいの割合で直感に従うべきか、論理に任せるべきかというジレンマは、おそらく答えのない疑問なのかもしれませんね。
結局のところ、論理だけに頼っていれば、それなりに脳が疲弊してしまって、精神までダメになってしまうと思います。また、直感だけに頼れば、ある程度は「直感だ」と思い込んでいるものが、隠れた論理や隠れた推理にすぎない、ということにもなってしまう気がします。
たとえが悪いかもしれませんが、暴食と同じように、取りすぎるとよくないのと同じで、常に直感と論理を腹八分くらいの割合で使うのが、ベストなのかもしれませんね。